医療特撮部LOG

特撮好きな看護師の送る日々の記録

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あなたは空気が読めますか?

突然ですが、あなたは空気が読めますか?


自分は読めません。
なぜならよくひとから、空気が読めない、と言われるからです。
理由はそれだけです、読めていないらしいです。

で、俺はこの言葉がとても嫌いです。
自分が言われるからとか、侮辱(?)するような言葉だからという理由ではありません。
根拠が薄弱で、しかもなんとなくその場に合わないだろうからという理由だけで
人間を斬って捨てる、乱暴な言葉だと思っているからです。
言う方は、むしろ穏やかに言っているつもりでしょうが、これほど乱暴に人間を分ける言葉もないでしょう。

これはテストで点がとれないとか、走って何秒以下だから足が遅いとか、そういうのとは訳が違います。
基準がないのです。
強いて言えば、その基準は言った人間のなかにあります。

空気が読めないというのは、非常に便利かつ、日本語的曖昧表現です。
このなかに、調和を乱す、流れを止める、常識がない、マナーがない、などの意味合いが含まれています。
KYという二文字にこれだけの意味をこめてしまうのだから日本語はすごいですね。

そう、空気が読めないというのは、常識がないということらしいのです。
恐ろしい話です。
そうしている本人は無自覚ですから、当然そんなことは気づきません。
でも人は言います、空気が読めない、と。
常識がないとは言わないのです。
なぜならこっちのほうが強い言い方になり、言う方も抵抗があるのでしょう。
もし常識がないという言葉すら出てこないのであれば、それは最早思考停止になっているというほかありません。

さて、アインシュタインは「常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションのことを言う」といいました。
つまるところ常識というのは、大筋ではほとんどのひとが持っていても枝葉末節までは同じではありません。
例えば、人を殺してはいけない、物を盗んではいけない、これらは大筋の常識でしょう。
でも、例えば家柄のすごくいいお嬢様が典型的にチャラい若者と飲み会にいったとして
そこで一気飲みを強要されて断ったら、若者たちはお嬢様を空気が読めない、と思うのではないですか?
あるいは家の門限があるから、と帰ろうとしたらやはり空気が読めない、と思うのではないですか?
まぁこの例えも、ある意味では俺の偏見コレクションのひとつかもしれませんね。

そうなると、空気を読めよ、なんて台詞は、俺の常識に従えよ、というのと同じ意味合いです。
言い換えると、俺の思った通りに行動しろよ(あるいはするなよ)、と言ったところでしょうか。
とんでもない押しつけだと思いませんか。

誰もそのひとたちそれぞれの常識なんてのは知る訳がありません。
それぞれの人生があり、社会経験があり、人間関係があり、背景があり、培ってきたものがあります。
それらから逸脱したものは、空気が読めない、ということになります。
Aという行動を起こして、空気を読めというひともいれば、空気を読めているというひともいるかもしれません。
あるいは本人は空気が読めているつもりでも、周りがそう思わないかもしれません。
逆に周りの方こそ、自分から見て空気が読めないことをしていると思うこともあるかもしれません。
空気を読めというのは実は場の流れがどうこうではなく、個人の常識の押しつけなんです。

そうなると、実に曖昧かつ自分勝手な基準で、人を断じる言葉だと思いませんか?
そう思っているからこそ、俺はひとに空気が読めない、などとは使いません。
仮にそういうことを思ったとしても、伝えるときは別の言葉を探します。
いくらでも代用ができる言葉ですからね。
もし適当な言葉が見つからないのであれば、そのときは自分の語彙力の無さを恥じるだけです。

こう思う人もいるでしょう。
自分は空気が読めるし、実際に空気が読めないなんて言われた事がない。
でも考えてみましょう。
いつも同じメンバーでいたら、だいたい輪の流れが乱れることはないんじゃないですか?
もしかして、空気が読めないとは言いにくい立場のひとたちといませんか?

だから、もし注意をするならば、空気が読めないなどと曖昧な言葉はやめましょう。
ちゃんと適切な言葉を使って、伝えたい事を伝えたほうがいいと思います。
空気が読めないというのは最近生まれた言葉です。
つまり、そんな言葉が無くても今まで会話は成立していたわけで、使えなくて不都合はないはずです。
使えなくて不都合が生じるとしたら、おそらく国語力が低下しただけだと思います。

さて、この記事を読んで、空気が読めねぇわけだなwと思った方もいると思います。
必ずいるはずです。
でも逆に思わなかった方もいると思います。
空気が読める、読めないなんて、そのひとの思う通りになっているか、いないかの違いですから。
だから冒頭で、俺が空気を読めるかどうかが他人の判断に委ねられた受け身の表現になっていたのです。

そうそう、だからといって我が道を行くでは問題だと思います。
言われるにはそれなりの原因があるはずですから、マナーが悪いなどの意味であれば治さなくてはと思います。
自省することができなければなんと言われようとよく変わることはできませんからね。
同じ常識を共有できないことのほうがほとんどのわけですから
ほかのひととうまくつきあっていくには自省すること、反省すること、内省することは大切だと思います。

長くなりました、三行にまとめます。
・空気が読めないという言葉は、他人のなかの曖昧な基準で乱暴に人を区切り斬って捨てる、思考停止の言葉
・空気を読め、というのは、俺の言う通り(思う通り)にやれ、という個人の常識の押しつけ
・注意したい事があるなら空気が読めないという空っぽの言葉ではなく、適切な言葉を使おう

以上です。
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  1. 2012/07/26(木) 00:10:32|
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