医療特撮部LOG

特撮好きな看護師の送る日々の記録

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映画:ライフ いのちをつなぐ物語

8月に公開されたドキュメンタリー系映画。
ひたすら動物たちが生きる様を描く映画なのだが
これがテレビで特集されているようなレベルではなくって
どうやって撮影してんだかわからないようなものもあり
また構成が非常にドラマチックに作られていて見応えのある一作でした。


生きるとはなにか、をテーマに織りなす動物たちの物語。
人間は一切でてこないでひたすら動物たちの
リアルな様を描いているだけなのにどうしてこうも釘づけになるのか。



北の海の氷の上でたった一匹で子どもを出産し
氷点下30℃の風速30mの極寒の世界で子どもを守り
海へといざなうアザラシの母親。

日本の冬の雪山で雪に凍えながらも
温泉につかってあたたまるニホンザルの一団。

微笑ましくも、ひたすらに生きて命をつなぐという当たり前のことが
非常に厳しいことを予感させる冒頭。

個人的に印象的だったのは…

・爪ほどの大きさのカエルがオタマジャクシを背中に乗っけて
 10m以上ある木をひたすらのぼって水たまりにいれてあげて
 一人前のカエルになるまで世話をするというところ。
 (しかも生まれたのは4匹で、4匹を別々の木に運んだ)

・ハキリアリがアゴで葉っぱを切ってそれを巣に持ち帰って
 それを利用して自分たちの食料になるキノコを栽培していたという事実。
 (しかも全員が働き、巨大な巣を作り、巣には換気用の穴も作っていた)

・水面を走るバシリスクの水面走り中を
 水中から捉えたアングル。
 (一体全体どーやってこれを撮影したのか)

・家族を放置しているかのようなゴリラの父が
 他のオスの声を聞いて家族を縄張りを守るために
 負けじと唸り声とドラミングで退散させたシーン。
 (これはカッコよかった)

・効率的に魚をとるために尻尾で砂煙を巻き上げて円形に移動し
 砂煙で作った網から脱出しようと飛び出した魚を
 見事に口でキャッチするバンドウイルカ。
 (その巻き上げた砂のあとが空中からみるととても綺麗な渦巻き)

・食われないために巨大な集団を形成したサカナと
 鳥やカジキが追いつめてどんどん集団が小さくなっていくところ。
 (食うか食われるかってこのことだよな)

・そのままでは食べられないヤシの実を食べるために
 数日間日干しさせて乾燥させてから
 石の台のうえにもってきて、石を叩きつけて割って
 中身を食べるサルがいるということ。
 (しかもその石の台は長年使われてきたのか、あちこちデコボコ)

・他の動物たちが食べたあとの骨を食べるために
 高いところから地面にたたきつけて割って食べるヒゲワシと
 そのヒゲワシの若鳥がそれに何度も挑戦して食べるところ。
 (普通骨は残すだろうに、それを栄養源とするもののいる自然界の無駄のなさ)

・子どもたちに魚を持って帰るために飛ぶネッタイチョウと
 その魚を横取りしようと襲いかかるグンカンドリのドッグファイト。
 (まるで戦闘機のような2羽の攻防はすさまじくかっこよかった。
  なにがいいって、どっちも生きるために必死にたたかうから。)

・一生に一度しかタマゴを生まないミズダコが産んだあとは
 半年間、その場から離れずにひたすらタマゴを見守り続け
 タマゴが孵化するころには亡くなるというところ。
 (タコを食べるのが申し訳なくなるくらい命がけだとわかった)



などなど、最近ドキュメンタリー系からは遠ざかっていた俺としては
新鮮でとても楽しめる、そして考えさせられる映画でした。
まぁ…日本語版制作のOP・ナレーションとミスチルの歌は蛇足感が否めないけど。
あれらはなくても、いやないほうが良いものかもしれん。
こっちの想像や考えさせられる内容を奪っちゃってる感じがある。
あれこれ物語を想像したり、脳内補完するのが楽しいのになぁ。



しかし、この映画を見て俺が思ったこと。

映像自体は新鮮。
(ドキュメンタリー系の経験値が低いのだから当然)
しかしそこで繰り広げられる世界というのは
別に珍しいものでもなんでもなく
人間も同じようなことばかりしているなぁ、ということ。

たとえばハキリアリの大行列のいったりきたり。
あれをみて俺はスタバから見る渋谷スクランブル交差点を思い出した。
アリたちの細かいことまでは知らないが目的をもって行き来している。
あの交差点で行き交うひとたちもそうだろう。
もしも人間よりマクロな存在がいて、俺たちを見ているのだとしたら
こうしてアリの観察をするように見ているんだろうな、と思ったり。

また俺が一番震えたネッタイチョウとグンカンドリの空中戦。
もう戦闘機同士の戦いを見ているかのような錯覚に陥るほどの
激闘が繰り広げられていたのだが
人間も、戦闘機を使っておんなじようなことをしている。
しかしそれは生きるためではない…よな。



親に守られて生まれ
狩りの仕方を教わって
生き抜き方を考えて
生涯の伴侶を見つけ
こどもを産み
家族を守り
そして死ぬ。



どんなに知恵をつけようと
どんなに道具を使おうと、
結局はひとはひとであることを思い知る。

日本語ナレはここに映る動物よりも
明らかに上から目線で言葉を投げかけているが
それはあくまで人間の理解の範疇での言葉であり
本当に動物たちがそう考えているとは限らないだろう。
本当にそこまで上等な生き方をしているというのか?



野生の世界で骨折でもしようものなら真っ先に食われるだろう。
人間だけが病院で治療を受け、生き延びる。
死にそうになっても薬や機械を用いて延命する。

コモドオオトカゲの一撃を食らい
その後、衰弱して倒れた水牛は
一体何を思うのだろうか。
これから訪れる死の恐怖か
エサになるのは癪だと思うのか
残した家族のことを案ずるのか
自分が食われる運命を呪うのか
トカゲや自然の一部となることを享受するのか。

毎度毎度働きながらも思うのだ。
人間ってのは特別なつもりでいるんだろうか、と。
人間が嫌いなわけじゃない。
もちろん好きだ。
しかし自然に対する畏敬や謙虚さを忘れたのであれば
それはもう自然界に生きる動物としての資格ってないよな、と。

いろいろ考えさせられる機会をもらった映画でした。
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  1. 2011/10/13(木) 18:08:18|
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